大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和59年(ラ)54号 決定 1984年11月09日

抗告人

甲田太郎

抗告人

花田一郎

抗告人

小橋忠子

抗告人

大山行子

抗告人

花田徳子

右五名代理人

佐久間敬子

主文

原審判を取消す。

本件を仙台家庭裁判所に差戻す。

理由

一本件抗告の趣旨は主文同旨の決定を求めるものであり、その理由の要旨は、(一) 原審判は、抗告人らが亡丙原うめの相続人であることの認識を有していなかつたことについての事実認定を誤つている、(二) 原審判は、民法九一五条一項の「自己のために相続の開始があつた時」の解釈を誤つている、(三) 抗告人らは債務を承継したくないとの理由から相続放棄をするのではない。亡うめには少なからざる積極財産がある。抗告人らは亡うめのいわゆる継子に右財産を承継させたいと願つているのであり、「笑う相続人」となることを拒否するものである、というのである。

二民法九一五条一項所定のいわゆる熟慮期間は、原則として、相続人が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた時から起算すべきものであるが、相続開始原因たる被相続人の死亡等の事実を知つていても、自己の先順位者があると誤信していた場合には、未だ自己が法律上相続人となつた事実を知つたとはいいえないと解すべきである。

これを本件についてみるに、記録中の各原戸籍、除籍及び戸籍の謄・抄本の記載に、原審における抗告人嶋田克己に対する審問の結果及びその余の抗告人らに対する各調査の結果を総合すると、以下の各事実を認めることができる。

1  被相続人丙原うめ(大正三年一二月二九日生)は昭和五八年一〇月一八日宮城県宮城郡宮城町において死亡した。

2  同女は昭和二九年一二月二八日丙原小太郎と婚姻した。双方とも再婚であり、うめには前婚での子はなかつたが、小太郎にはその先妻との間に長男正一(昭和二年五月四日生)を始めとする四男三女があつた。小太郎は昭和四〇年一〇月二一日死亡した。うめには小太郎との間でも子はなく、他にも生んだ子はなかつた。うめと右正一らとは養子縁組をしておらず、他にも養子はなかつた。

3  うめの両親はうめの死亡以前に死亡している。抗告人らはいずれもうめの弟妹であり、抗告人らの外には兄弟姉妹はいない。

4  抗告人らは、即日うめの死亡を知つたのであり、また右3の事実及びうめの夫小太郎が既に死亡し、同女が生んだ子は存在しないことを知つていた。しかし抗告人らは、うめが小太郎の先妻の子である前記正一ら兄弟姉妹の全部または一部と養子縁組をしたとは聞いておらず、したがつてうめと正一らとが養親子関係にあると考えていたわけではなかつたが、うめは小太郎の後妻となつて正一らとも母子の関係になつたのであるから、うめの遺産は当然正一らが相続するものと考えていた。

因みに、うめは、夫小太郎の死亡後、正一のほか小太郎の三男丙野三郎、同四男丙野四郎らと共に小太郎の創業にかかるスーパーマーケット(株式会社組織)の経営を引き継ぎ、晩年には右四郎及びその家族と同居していた。うめは一〇年ほど前から乳がん、子宮がんの手術を受けるために二度入院し、最後は肺がんに罹患して入院したのであるが、いずれの場合も正一、四郎らが看病にあたり、うめの葬儀は正一が喪主となつて執行した。うめには右会社の株式等を始めとして、宅地、居宅など相当額の積極財産がある。

5  抗告人甲田太郎は昭和五九年一月一五日、同花田一郎は同年同月二〇日頃、それぞれ右三郎から、抗告人のうめの相続人であることを告げられて始めてこのことを知り、その余の抗告人らはその当時太郎から電話で同旨の法律関係を知らされたが、抗告人ら五名とも、右4後段の如く永年うめと生活し実の親子以上に手厚く同女を看護して来た正一らに対する感謝の念もあつて、同人らがうめの遺産を受け継ぎ丙原の家業を守り育てて行くべきであると考え、各自の自由意思により本件相続放棄の申述をするに至つた。

以上のとおり認めることができる。そうすると、抗告人らは、正一らがうめの養子であると考えていたわけではなかつた、すなわち法律事実の認識に錯誤があつたわけではなかつたが、法律の誤解により、自己より先順位の相続人がいるものと誤信していたのであり、この誤信に気付いたのは、抗告人太郎について昭和五九年一月一五日、同一郎について同年同月二〇日頃、その余の抗告人については同年同月一五日以降数日以内であるから、民法九一五条一項所定の三ヶ月の熟慮期間は右の各時点から起算されることになるというべきである。前認定の事実関係に徴するとき、抗告人らがこれに関する親族法・相続法を誤解したことを目して許すべからざるものとするまでの必要はないものと考える。

しかるところ、抗告人らの連署による本件相続放棄申述書が同年三月七日原裁判所に受付されたことは記録上明らかであるから、右申述は三ケ月の熟慮期間内になされた適法なものである。

よつて、本件各相続放棄申述を不適法として却下した原審判を取消し、更に調査・審理する必要はないものの、右各申述の受理手続を担当させるため本件を原裁判所に差戻すこととし、主文のとおり決定する。

(輪湖公寛 小林啓二 木原幹郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例